中国の経済体制改革

中国の発展、台頭はむしろ、多くのアジア人にとって、アジアという地域が人類社会の最先端に返り咲いたことを象徴する出来事だ。有史の古代から文字を操り、過去20世紀のうち18世紀で世界最大の経済規模を誇っていた中国は、物事を「自然な」状態に戻しているだけなのである。決して今に始まったことではなく、国際勢力図が長い人類の歴史において元に戻っただけであることを認識すべきだろう。

中国の経済体制改革 

中国の経済体制改革は1978年12月の共産党第11期三中全会で決定された。外国資本・技術の導入による対外開放策と農村の統制緩和で生産意欲を高める農村改革が柱だ。84年10月の第12期三中全会では都市経済への大幅な市場原理導入を決定。 87年10月の第13回党大会は「中国は社会主義の中初級段階にある」と規定し,土地使用権の譲渡などを容認した。 92年には当時の最高実力者・郡小平氏の南方視察を機に改革・開放を加速。97年9月の第15回党大会は国有制を核とした社会主義経済の「公有制」の解釈を広げ,資本主義の手法である株式会社制度を本格的に取り入れると決めた。この結果, 80年に国有企業や国有持ち株会社の就労人口が全体の7割を超えていたが, 90年代後半には3割を下回った。

 

中国経済

中国とは中華人民共和国の通称です。1949年に中国共産党によって建国された社会主義国家。東アジアのユーラシア大陸東岸に位置し、その国土の大陸部は、中国大陸とも呼ばれる。首都は北京市。中国は世界最大の人口を擁する国家である。約13億人という人口は、19世紀末の世界人口(13-15億人と推計)、あるいは、現代の西ヨーロッパ(約4億人)とアフリカ(約10億人)の合計に匹敵する。ただ、中国国内の潜在的な人口は、統計上含まれない黒孩子(ヘイハイズ)や盲民と言われる浮浪民の人口などによって大きく変わり、実数ははっきりしない。人口の94%を占める漢族のほか、チワン族、ウイグル族、モンゴル族、チベット族、回族、ミャオ族、イ(彝)族、トゥチャ族、満族など、政府が認定している55の少数民族よりなる多民族国家である。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナムと隣接している。また東シナ海を挟んで日本や大韓民国(韓国)とも接しており、最近は黄海、日本海で領土問題がおこっている。