中国の金融体制改革

中国の発展、台頭はむしろ、多くのアジア人にとって、アジアという地域が人類社会の最先端に返り咲いたことを象徴する出来事だ。有史の古代から文字を操り、過去20世紀のうち18世紀で世界最大の経済規模を誇っていた中国は、物事を「自然な」状態に戻しているだけなのである。決して今に始まったことではなく、国際勢力図が長い人類の歴史において元に戻っただけであることを認識すべきだろう。

中国の金融体制改革

1979年に経済改革を始めて以来,国の年次計画に従って唯一の銀行である中国人民銀行が国有企業に資金を供給するだけの機能しかなかった中国の銀行制度は大きく変化した。 84年までに人民銀行の中央銀行の機能以外の業務を引き継ぐ中国農業,中国銀行,中国建設,中国工商の4大国有銀行が初の株式銀行として営業を開始した。

 

中国建設銀行

 

ポイント中国四大商業銀行に関して

 

1 中国銀行

 

北京に本店を置く中華人民共和国第2の商業銀行である。
総資産は3.8兆人民元に登り、2003年には世界第15位にランクされている。

 

2 中国工商銀行
総資産(7兆0,550億人民元)および営業収益(1,378億人民元)の点で中国最大の銀行である(2005年現在)。中国全土および国外に18,764の支店網を擁し、ATM設置台数は19,026台、従業員数は385,609人に達する。2008年6月時点で、総資産世界一位となった。

 

3 中国建設銀行
国内に38の分行と21,000余の支店網、ATM9,000台余を展開し、行員41万人、総資産規模は3兆人民元に達する。

 

4 中国農業銀行中国農業銀行
北京に総行を置き、全国31の省、自治区、直轄市と新疆生産建設兵団に一級分行(支店)を置く。

 

95年5月には政府などの融資圧力を受けない商業銀行への転換を促すため,商業銀行法を施行。4大銀行に代わって政策金融を受け持つ中国国家開発,中国農業発展,中国輸出入の3銀行を94牟に設立した。95年3月には中国人民銀行法を施行,その後,銀行間市場も形成し,96年4月には上海に全国統一のZ2 ール市場を設立。 94年らは国家財政赤字を国債発行で補てんするようになり,債券市場の育成も期待されている。海外への市場開放も徐々に進んでおり,人民銀行は91年3月に邦銀など外銀の上海支店開設を認可,97年3月には一部外銀が人民元の取り扱い業務を開始した。

中国とは中華人民共和国の通称です。1949年に中国共産党によって建国された社会主義国家。東アジアのユーラシア大陸東岸に位置し、その国土の大陸部は、中国大陸とも呼ばれる。首都は北京市。中国は世界最大の人口を擁する国家である。約13億人という人口は、19世紀末の世界人口(13-15億人と推計)、あるいは、現代の西ヨーロッパ(約4億人)とアフリカ(約10億人)の合計に匹敵する。ただ、中国国内の潜在的な人口は、統計上含まれない黒孩子(ヘイハイズ)や盲民と言われる浮浪民の人口などによって大きく変わり、実数ははっきりしない。人口の94%を占める漢族のほか、チワン族、ウイグル族、モンゴル族、チベット族、回族、ミャオ族、イ(彝)族、トゥチャ族、満族など、政府が認定している55の少数民族よりなる多民族国家である。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナムと隣接している。また東シナ海を挟んで日本や大韓民国(韓国)とも接しており、最近は黄海、日本海で領土問題がおこっている。